行走的彩虹


by linkh3

というかなりは


それと、そこの短冊にあたしの願い事を書いておいたから、一年間おつきあいしたドビュッシー氏から離れて、心はブラームス氏へ。といっても、ほとんど知らないに等しいので、ブラームスのピアノ独奏曲ばかりを集めたCD5枚をiPod(久しぶりに使った)に入れて、延々と聴いている。



世の中にわたしの知らないピアノ曲は星の数ほどある。「一般的に有名な曲を特に弾きたいというのでなかったら、こんなのはどう?」と、先生に薦められた北欧の、(名前も初めて聞いたので今ど忘れしている)作曲家の曲も聴いてみた。



それはさておき、
ここ数年「ながら」がとても苦手になって、運転するときや料理するときくらいはラジオを聴くこともあるけれど、それ以外の時に音を鳴らすことは(TVもふくめ)ほとんどなくなった。

昔はよくCD(あの頃はMDか)を流しっぱなしにしていたので、今でも子ども達がある曲を聞くと「私が幼稚園の頃お母さんがよく聴いていた歌だ」と言うこともあるし、彼らの子供時代の記憶と曲が結びついていたりもするらしいのだけど、選曲権がわたしになくなってから流さなくなって、わたし自身も遠ざかったのだ。



そのわたしが今日は一日中音楽を流していた結果、耳には幸せだったけれど、かなりぼんやりと時間が流れてしまった気がしている。
外を歩いていてもうわの空で、なにもしっかりとは見ていなかったと思う。

おばさんのうわのそらは怖い。
客観的に思い返してみると反省点しかないので、自分はもう不器用になった(不器用さをカバーしていた若さがなくなった)のだと諦めて、歩き「ながら」は止めようと思う。



スマホもそう。
外出先で、娘からLINEが入ってそれに返信して、ついでに他のことも調べたりして、気づくとスマホばかり見ていて回りが見えなくなっている。

別に、人にぶつかるとか、そういうアクシデントがあったわけではないけれど、記憶としてぼんやりする。それでなくてもぼーっとしがちなのに、振り返った一日がもわ~っとしているのはきっと、暑さのせいばかりではないんだろう。



と、ブラームスの6つのピアノ小品を聴き「ながら」書いた。



明日は、なにも聴かず、スマホもバッグから出さず、ピーンとアンテナを張って、

暑いからと言って外に出ないとほとんど動かない一日になってしまいがちなので、今月は、いや、とりあえず今日は、「家の片づけの日」と昨夜のうちに決めていた。



洗濯をしながら、まずはモチベーションアップにとYouTubeで片付け系の動画を、コーヒーを飲みながら観る。(←なんか違うと思うけど、いき身体が動かない)



とんでもない汚部屋がみるみる片づいていくのを観るのは面白い。いやあ、どうしてこんなに散らかるんだろう、うん、うちは大丈夫だ、特に片付ける必要ないぞ……って、それじゃだめなのだ。



カラーボックスや突っ張り棒や、100均でいろいろ買ってきて工夫する系や、ホームセンターを巡って大物家具を作るDIYも、見ていると面白い。でも、うちには必要じゃないし、ものが増えるのは避けたい。



さらに、なんにもない系の人の部屋を観てみる。物が少ない、ほとんど無くてきれいさっぱり。床が全部見えているのは掃除が楽そうでいいなあ……とは思うけれど、ちょっと方向性が違う。



などなど、見ているだけでは時間が経ってしまうだけだ。

まあ、分かっていたんだけど。
[PR]
by linkh3 | 2016-11-08 11:58 | 食物檔案